コラム「組織の成長加速法」-第212回 中途採用の即戦力化——成果を引き出す「黄金律」
「Mさんに期待していたのですが……半年経っても新規案件が一つも決まりません。」
売上60億円規模のA社の社長は困惑していました。
Mさんは業界最大手の元部長。役員待遇で迎え、新規顧客の開拓を任せた。しかし、まったく成果が出なかったのです。
そこで私は、営業本部を統括するF常務に同行を依頼し、Mさんに明確な指示を出すよう提案しました。
ところが返ってきたのは、「市場開拓」「新規顧客創出」といった抽象的な目標ばかり。
「F常務、これではまるで中期計画です。Mさんが今日、何をすればいいのか分かりません。」
再考をお願いしましたが、二度目も具体性に欠ける内容でした。
もう一度確認すると、F常務はため息をつきながら言いました。
「正直、Mさんのような方に細かく指示を出すのは失礼だと思っていました。業界のトップ企業の出身者に、私が目標を設定するなんて……。」
気持ちは分かります。しかし、それは組織で成果を出す上での最悪手でした。
「Mさんにとって最も良くないのは、このまま成果が出ない状態が続くことです。もし次の半年も同じなら、Mさんの居場所がなくなってしまいます。」
F常務はしばらく考えた後、紙に具体的な目標を書き出しました。そして、数値を精査したうえで、Mさんに伝えることにしました。
1年後、F常務から届いた手紙。
「Mさんが新規事業部門のトップとして、大活躍されています。あの時、明確な目標を設定したことが、変化の起点でした。」
成功の鍵は、「明確な指針」を示すこと。
中途採用者が「期待外れ」になるか、「即戦力」となるか。その分かれ道は、能力ではなく、企業側の「準備」にあるのです。
中途採用者を即戦力にする「黄金律」
黄金律1:環境を整える
どんなに優秀な力士でも、土俵がぬかるんでいたら力を発揮できません。ビジネスの世界も同じです。
例えば、あるベンチャー企業が、大手メーカーのマーケティング責任者を迎えました。
しかし、前職では高度なデータ分析をもとに戦略を立てていたのに対し、新しい会社にはその基盤がなく、何から手をつけるべきか分からない状態でした。
最終的に、会社がデータ活用の環境を整え、業務フローを明確にしたことで、その責任者は本領を発揮できるようになりました。
企業側は、「即戦力だから大丈夫」と放置せず、 社内文化や商習慣を共有し、適切なサポートを提供する 必要があります。
■解決策
- 情報共有の仕組みを整える
- 必要なツールやデータを提供する
- 既存社員と新しく入社した社員の橋渡しをする
「即戦力だから何も言わなくてもできる」は幻想です。スムーズに適応できる環境を整えることが、企業の責任なのです。
黄金律2:「年数を経た新卒社員」と心得る
転職者は「転校生」と同じです。
新卒社員なら1年かけて学ぶことを、中途社員は短期間で吸収することを期待されています。
例えば、ある地方銀行が、大手都市銀行のエースを営業部門の責任者として迎えました。
しかし、地方銀行と都市銀行では文化も顧客層も異なり、前職のやり方は通用しませんでした。
そこで、ベテラン行員との同行営業を繰り返し、地域に根ざした営業手法を学ぶことで、次第に成果を出せるようになったのです。
■解決策
- 業務の進め方を、新卒に教えるのと同じように説明する
- 企業文化を丁寧に伝え、理解を確認する
- 前職との違いを明確にする
「仕事は教えなくてもできるだろう」は間違いです。
「業界経験がある」と「新しい職場のやり方が分かる」は別問題。
スムーズに適応するための支援が、成果を左右します。
黄金律3:明確なゴールを示す
中途社員は経験とスキルを持っています。しかし、「何をすればいいのか」 が明確でなければ、スピードは出ません。
例えば、陸上選手が「自由に走ってください」と言われたら、どこを目指せばいいか分からず、スピードは上がりません。
しかし、「100m先のゴールを目指せ」と言われれば、一気に加速できます。
ビジネスも同じです。
■解決策
- 「達成すべき内容」と「期限」を明確にする
- 成果基準を定める
- 直属の上長と定期的な確認をする
目標が明確なら、迷わず行動できるのです。
【まとめ】中途採用者の即戦力化には黄金律がある
新卒社員も中途社員も、「新しい環境で成果を出す」という点では同じです。
■企業内のルールを理解し、
■必要な情報を得て、
■明確なゴールがある。
この3つが揃って初めて、能力が発揮されます。
「人は城、人は石垣、人は堀」——武田信玄
組織の強さは、人の活躍によって決まります。
新しいメンバーが一日も早く活躍できる環境を整えることが、企業の成長を支えるのです。