コラム「組織の成長加速法」-第88回 規模拡大の障害となる能力開発、これ以上○○はいらない
年率20%超の成長を4期連続で継続しているS社長へお越しになった時のことです。
業界の状況のお話などをお伺いしていると、次々と話しが広がっていきました。
やがて、業界平均を30%以上上回る、驚異的なスピードで成長を支える独自の取り組みの内容。また、その成長を支えるため社内で推し進めている新企画のアイディアなど、出し惜しみすることなく、次々と共有いただきました。このくだりでは、S社長はパワー全開。覇気がみなぎってらっしゃいました。
経営者の方々と初めてお会いしてお話をするときは、いつもついつい時を忘れてしまいます。どんな秀逸は映画やドラマを見るよりも、経営者のお話はドラマチック。
ご本人にしてみれば、目の前の課題に直面していて、非常につらい思いをされている方も少なくないのですが、お話をお伺いしながら、その課題が解決された後を考えると、新しい幕が開けて、次なる展開を思い浮かべると、やはりドラマチックな展開が待ち受けているのです。
話を元に戻します。
一通り、現況をお話になった後に、「現状の課題は、、」と言いながら、さっと鞄から紙を
とりだすと、紙の両端をもって、パンA3の紙を広げて、机に置きました。
組織図でした。内ポケットから愛用のボールペンを出して、組織図の数カ所をコツ、コツと指し示します。
「このままだとちょっと危険だなと思いまして、、」と再び話しが始まりました。
聞けば、M&A予定の会社があり、S社長は、そこへの時間を増やしていきたいとお考えであること。ところが、実際に組織図にあるとおり、社長と常務が3つずつ、事業部のトップを兼務している状態で社長自身も状況把握が困難にあなりつつあるとお考えでした。
組織図の事業部のトップの欄には、確かに社長と常務の名前が複数記載されていました。社長がいくつかの事業部を指さしながら、こことここは、来期(4ヶ月後)から、副事業部長である方々に譲るのだとのことでした。
ところが、事業の柱であり、利益の8割をたたき出している部門のトップは、任せることができない。決済事項が多岐にわたり、量も多いため。ここの事業部門を手放せないと社長が他に使いたい時間を捻出できない。
となにやら、雁字搦めの様相です。
しかし、S社長はちゃんと対策をされていました。役員候補で採用した部長の1人に任せたいとお考えでした。ただ、まだ十分な実績を出したとは言えず、古参の部長達を押さられないだろう、という見立て。結果、部門を束ねるには、まだ時期尚早という判断。
後にわかったことですが、このよくある「任せたいのに、任せられない」問題は、社長と事業部長の間だけで起こっていたことではありませんでした。
事業部長と部長、部長と課長、課長と主任。それぞれの階層で、同じ問題が起こっていたのです。
社長の頭の中に横たわった成長力維持の邪魔であるこの障害物は、組織の中のそこかしこにどっかりと陣取っていました。
役務を提供する事業の場合、役務提供時間が増えなければ、売り上げが増えることはありません。役務提供時間を増やすためには人を増やすこと。ここからが注意が必要なところです。
こと人の話になると、「時代の流れ」に誰もが押し流され、自動思考に陥ります。「人がいればねぇ」「最近は、○○技術者が足りないから」「採用がホントに厳しいんですよ」
これが今の時代の自動思考です。売り上げが増えない理由は、人がいないからというのです。もちろん、この考え方だって全部間違いではありません。が、本質を捕らえているとは言いがたい。
例えば、介護人材が足りないと言われて、かれこれ20年です。IT技術者が足りなくなるとうのも、10数年言われています。ところが、すべての介護の会社、IT開発企業の売り上げが減っているのかといえば、それは違います。他社を圧倒する勢いで増えている企業ももちろんあります。
では、その違いは何か?
「人が足りない」=「採用が少ない」ところに原因を求めたのか、
それ以外に原因を求めたか、の違いです。
部長レベルでこの判断の違いがあるのは仕方がありません。ところが、経営者レベルのこの判断を誤ることで、数年後、正しい判断をした会社、間違った判断をした会社で運命を分かつ結果になります。
業種業界を問わず、社会人一年目から数年間。私たちは、目の前の業務をこなす、業務の達人を目指して精進します。
目の前の業務は、人によって異なります。営業であったり、企画であったり、調査であったり、接客であったり、研究であったり、機械整備であったり、料理であったり、製造管理であったり、、、と人の数だけ、その人の業務があります。
その与えられた業務をより短い時間で、より高い質を出す、業務の達人をどこの会社の社員も目指すのです。ところが、業務にどれほど精通しても、ある日突然、人を動かし、チームで成果を出せるようにはなりません。
例えて言うなら、英語を話せるようになるため、理科の実験を繰り返すことはしないのと同じです。英語を話せることと、理科の実験を繰り返すことは直線的につながっていません。英語を話せるようになるためには、英語の勉強をしなければいけません。
同じように、人を動かすためには、人を動かす手法を学び、その技術を会得する必要があります。どこの会社にも、業務に精通し、そこそこ成果を出せる人は沢山います。ところが、人を動かすことに精通している人はいません。ですから組織が動かないのです。
「佐々木さんは、理科の実験は上手に出来るようになったから、英語のプレゼンも万全だね」
なんて言われたら、誰もが怪訝な顔をすることでしょう。
ところが、組織の中ではこれがまかり通ります。
「そろそろ6年目だし、業務にも精通したから、チームを率いてドンドン成果出せるよね。」
この文章だけ見たら、なんの違和感も感じないくらい、私たちはこのおかしな現実に慣れてしまっています。
理科の実験ができても、英語は話せるようにならないのと同様に、業務に精通しても人を動かせるようにはならない。
価格が3000万円もする機械の操作を、素人に動かせようとする人はいません。数時間もしないうちに壊れるかもしれないからです。
4-5人のチームなら、チームを維持する企業の投資額は3000万円以上。なのに、このチームを動かすのは素人でもいいという判断が下るのです。
この結果、業務の達人が、人の扱い方を間違え、結果、貴重な人が止める原因を悪気なく作ってしまうということが繰り返されています。
人が来ない、人が足りない環境だからこそ、人を辞めさせることは極力さけなければなりません。この状況は今後更に顕著になっていきます。
高価な機械を次から次へと壊して、次々買い換えることはどんな企業だってやりません。採用コストが高騰する中、人を次ぎ次々と取り替えることも続けられません。
日本という国ができてから、第二次世界大戦期を除いて、人口が減ることは一度もありませんでした。経験したことのない環境変化がいま進行しているのです。
経営環境が変わる中、今までと同じ打ち手は通用しません。業務の達人を育てるばかりでは不十分なのです。組織の中で、人を動かす達人が育成できなければ経営を揺るがしかねない時代に突入しているのですから。
企業の幹部、リーダーは、業務の達人達。この人たちを着実に人を動かす達人に脱皮させる必要があるのです。
脱皮しない蛇は死んでしまうそうです。業務の達人から、人を動かす達人へ脱皮できなければ、幹部、リーダーもまた、これからの時代は死んだも同然です。
また、規模の大きな会社よりも、規模の小さな会社のほうがこの状況に機敏に対応しなければなりません。1000人の組織の中での1人と、50人の組織の中の1人では、1人の重みは全く違います。人数が少ない組織ほど、いち早く、業務の達人から、人を動かす達人への昇華を確実に実施する仕組みを導入し、人を動かす達人が目に見えて増えることを実現させるべきなのです。
経験したことがなければ、そんなうまい方法があるのだろうかと思うのは無理もありません。
しかし、脱皮の手法は、開発途上の段階はとっくに終わって、再現性のある技術として確立しています。
昨年ある会社の業務の達人幹部、リーダーにこの技術の伝承を行いました。対象となったのは、「この道15年(の達人)です」。「もう20年になります。」といっていた方々、まさに業務の達人たちでした。その人たちに、人を動かす達人の仕組みお伝えし、仕組みを実行する運用技術を会得してもらいました。
業務の達人から、人を動かす達人に脱皮した幹部達は、今年、組織の中枢にあって、人を動かす技術、組織を動かす技術を駆使して、組織に大きな変化をもたらしました。創業以来の悲願であった大台達成を実現したのです。この報告を先週もらいました。短期間でこの大台達成を実現したことは、その業界で大きな話題となったそうです。
業務の達人だった人が、人を動かす達人になり、今、組織の業績をぐいぐい引き上げています。
さて、あなたの会社はどうでしょうか?
いつ、どのように、業務の達人から、人を動かす達人への転換を行いますか?
それが出来なかったとして、3年後、どんな結末を迎えることになるでしょうか?