コラム「組織の成長加速法」-第46話 衰退組織は 理念が文字になって 嬉々とする 成長組織は 理念が行動に現れて満足する
「理念?ありますよ。弊社理念は、『顧客の・・・・こと』です。」と、お答えになったM社長に最初にお会いした時、その会社は東京駅から15分ほどの雑居ビルに入居していました。
それから半年後、「経営理念だけじゃなくて、行動基準も一緒に、文字にしてまとめましょう。」と私がいうと、M社長が眉間にしわを寄せて即答しました。「木村先生、そういうの、宗教くさくて嫌なんですよ」と。すぐには首を立てに振りませんでした。
それから1年後、「木村先生、こんなの作って、全員に渡してるんですよ。」とM社長から冊子を手渡されました。表紙にはには「経営計画書」と書かれたB6サイズの手帳です。
厚さは1cmほど。一枚目には、数値計画、経営理念、行動基準、各部門の役割、そして、営業手法、クレーム対応、M社長の知見が詰め込まれた一冊でした。
経営計画書とセットで、後ろの方はスケジュール帳になっています。四半期毎になっているのにも、秘密があります。それは、四半期毎に改訂するためにそのようにしているのです。
いつしかM社長は、私と面談する度に、次の改訂時にその項目を入れると言って、そこにメモするようになりました。
あれから、5年。
この会社は、とある業界で、多くの企業から大成功企業モデルとして扱われるようになりました。
先日も、その会社の中堅社員からメールが送られてきました。
「木村先生、個人的に出会った営業マンから、会社名を言ったら、とっても驚かれました。そして、『いろんな会社が、御社をお手本にとして頑張ってるのだけど、上手く行かなくて途中であきらめてるんですよ』って言われて、半分営業トークだとしても、何か本当に嬉しかったです」と。
この会社は、業界で有名になっただけではなくて、業績も絶好超。2年前に大手町の大手銀行が入居するビルに転居しました。
内装にも1億円弱かけて、近未来的であるのですが、大変落ち着いたたたずまいの素晴らしいオフィスにです。
今では笑い話ですが、「宗教くさい」って口ではいったものの、M社長は会社のために経営理念の体系化を実践し、それを使って社員の生産性を劇的に改善させたのでした。
その会社は営業会社にもかかわらず、営業の評価は2割未満。営業のノルマもありません。経営理念、行動基準で謳っているあるべき人物像の、人物評価が8割です。
どこの会社も人事評価の中心軸をスキルや、技能に比重を置きがちです。これは一昔前までは、それでもよかったのかもしれません。
しかし、情報が溢れる今、商品の機能や、人の能力差では、差別化できません。
人の在り様、組織の成熟度こそが、唯一無二の価値を生み出す。これにより生み出される差別化要素こそが、最強。
何より他社が真似したくても、真似できない。人の在りよう、組織の成熟度を整えることこそ、最強の差別化戦略だと私が考える所以です。そして、この戦略を実践し、成功し続けているのがこのM社長率いる会社なのです。
こうやって書くと、さぞかし簡単な営業をしていると思われるかもしれませんが、この会社の扱う商品は、世の中にある商品、サービスの中でも、もっとも売るのが難しいとされるもの。
営業マンのスキルは、全業種の中でも、ダントツの知識とスキルが要求されます。通常は、他業種でのトップ営業マンだった人さえも、数年で80%が止めるほど難易度が高いのです。
そんな中、この会社の営業の離職率は3%以下です。おそらく、営業会社でこの離職率は、ありえないレベル。
もちろん、これらは偶然の産物ではありません。全て意図をもって作り上げた結果です。その証拠に、私が最初にお会いした時は、殺伐とした営業会社でした。当時を知らない社員と話しをすると、隔世の感があります。
この会社の成功要因は、「理念を行動レベルに落とす」(=「理念の力」)だけで全て説明するのは、無理があるかもしれません。しかし、「理念の力」を抜きに、組織に起こった劇的な変化の説明がつかないのも事実です。
かく申す私も、以前は、「理念の力」など、まったく興味を持っていませんでした。本などで紹介される「理念の力物語」などは、絵空事だと、うがった見方をしていたほどです。
「理念なんかで飯が食えるか!」
私自身が「理念心棒者」を馬鹿にする暴言を吐いていました。
しかし、私自身が急成長ベンチャー数社の経営に関わった際、体験した驚くべき人の力はまさしく、「理念の力」以外では説明が出来ないものでした。
大企業に比べて、社員の学歴は低く、能力も低く、そして経験値も低い。そして、企業の規模は小さく、お金もなく、お客もいない。本来なら、完全に負け戦です。
ところが、大企業の成長率を10倍にしても足りないほどの成長を実現し、たった1年で業界NO1となり、儲からないはずの業界で、誰もが目を丸くする利益を叩きだしたのです。
急成長ベンチャーを支えたのは、大企業にないたった一つの要素、「理念の力」でした。残念ながら、この「理念の力」を体感したことのない人には、如何せん伝わらない。歯がゆい思いをいつもします。
因みに、私は同じ「理念の力」を、業種も、業界も違う3つの企業で体感しました。
ですから今では
「ん?理念で飯が食えるか?!そんなの当たり前だろ!」
と断言できるのです。
そして、多くの企業の「理念」の取り扱い方を第三者として見ている現在の仕事についてから、その確信は更に強まっています。
数年に一度新しい経営論が寄せ来る波のように、ブームとなって主に欧米より渡来し、そして、何事もなかったように忘れ去れていきます。
理念も、20年ほど前でしょうか。日本中で大ブームとなりました。なので、理念がない会社を探す方が今は大変なほどです。
ところが、
「理念がある」のと「理念が行動レベルに落ちている」のは、雲泥の差があります。
そして、「理念がある」だけの経営者は、表だって批判こそしないものの、「理念の力」など
端から信じていない。そもそも、その企業が今一つパットしない原因の一つなのですが、それに気づいていない。
また「理念を行動レベルに落としたい」けど、その手法を知らない経営者は、気の毒なほど回り道をしています。
例えば、朝礼で読み合わせだけでは、理念を行動レベルに落とすには、時間が掛かりすぎます。実際、3年間朝礼をやり続けたという企業で確認をしたことがあります。「(何も見ないで)理念を教えて下さい」と私が聞いたところ、7割の社員は答えられませんでした。
笑えない事実です。
朝礼だけでは、どうやったって、そのやり方では、行動レベルに落ちることはないのです。
理念を行動レベルに落とす手法は、もう確立してるのに、もったいない。
簡単に「理念の力」を実現する方法を言い表しますと、
理念は抽象的
行動は具体的
と本来は、理念と行動は、水と油ほどの違う性質です。
ですから、抽象的な理念があるだけでは、決して理念が行動レベルに落ちることはありません。
抽象的な理念と、具体的な行動を繋ぐ仕組みが必要です。
この仕組みは、ほとんどの企業に既にあるものです。ところが、一ひねり必要です。ほんの一工夫。されど、この一工夫がないと、理念と、この仕組みと、行動が一本線でつながらない。
建物についている雨水を流す管に例えていうなら、
雨水を上階から地表に向かっている管に流せば、雨水は一直線に地表に向かって流れていきます。これは理念と、中間の仕組みと、行動が一本線にある状態に似ています。
ところが、3階から2階に伸びた管が、どういうワケか、くるっと回って、また3階に接続されている管に、雨水が大量に流れたらどうなるでしょうか?。おそらく、破裂するのでしょう。
これは、中間の仕組みがマズイ企業が理念の浸透に悩む状態に似ています。おかしな仕組みのままでは、理念の浸透は無理なのです。
さて、御社の場合は如何でしょうか?
幹部社員はもちろん、普通の社員は理念が行動レベルに落ちていますか?
それとも、理念は文字になっているだけの状態でしょうか?