コラム「組織の成長加速法」-第210回 組織の問題が一発解消する魔法の思考法「それは、手段か、目的か?」
伝説の営業マンが陥ったマネジメントの落とし穴
ある日、16名の部下を率いる営業部門の部長との面談を待っていると、背後で
会議室のドアが勢いよく開きました。彼は険しい顔をして椅子に腰を下ろしました。
「もう、限界です……」
疲れ切った表情で、彼は深いため息をつきました。
「部下たちの考え方が甘すぎるんです! 全然ダメだ!」
彼の話を聞くと、次々と部下への不満が飛び出してきます。
- 「予算が厳しいんだから、手数料の高い商品を売って売上に貢献すべき!」
- 「少しでも高い手数料の商品を優先的に紹介しないと、効率が悪い!」
- 「事務作業の手間は同じなんだから、小口案件は後回しにして、高額案件を優先するべき!」
彼の表情には 「これが正しいのに、なぜ部下たちは理解しないのか?」 という苛立ちが浮かんでいました。
私は静かに問いかけました。
「それは本当に、チーム全体の成果を最大化するための方法ですか?」
彼は、怪訝の表情を浮かべました。
私がホワイトボードに向かい、図を書いて、問い掛けました。
「手段と目的が入れ替わっていませんか?」
一瞬ハッとしたような顔をしました。
「手段」が「目的」にすり替わる瞬間
彼の考え方の根底にある問題は、「手段」と「目的」の取り違え でした。
営業部門の本来の目的は、組織全体の成果を最大化すること です。
しかし、彼は 「手数料の高い商品を売ること」 や 「高額案件を優先すること」 を 目的 にしてしまっていました。
本来、それらは 成果を上げるための「手段」のひとつ にすぎません。
しかし、彼の中では 手段そのものが目的にすり替わってしまっていたのです。
例えば、飲食店を経営しているとしましょう。
店の 目的 は「売上を最大化し、利益を出すこと」です。
そのための 手段 として「原価率の低いメニューを積極的に売る」という戦略があるかもしれません。
しかし、もしその店が 原価率の低いメニューだけにこだわり、人気のあるメニューを削ったらどうなるでしょうか?
結果として、客足が遠のき、売上が下がる 可能性があります。
つまり、手段を目的化すると、かえって成果を失うことになるのです。
彼の営業チームでも、まさにそれが起こっていました。
- 「高額案件を優先しろ」 と指示された部下たちは、小口案件を後回しにするようになりました。
- しかし、小口案件の顧客こそが将来的に大きな取引につながるケースも多いのです。
- 社是は「顧客に最適なサービスを提供する。」でしたので、少なくない部下達が、毎朝、社長が言うことと、直属の上司の発言の違いに違和感を感じていたのでした。
結果として、チーム全体の売上が伸び悩み、
彼の意図とは裏腹に 「成果が出ない組織」 になってしまいました。
なぜ、人は「手段」にこだわりすぎるのか?
彼が手段にこだわってしまった理由は単純です。
「過去に、それでうまくいったことがあるから」 です。
人間の脳は、成功した方法を「絶対的な正解」として記憶する傾向があります。
特に、それが自分自身の経験である場合、 「この方法がベストだ」と確信してしまう のです。
しかし、環境は常に変化します。
- 顧客のニーズ
- 競争環境
- 市場のトレンド
- チームのメンバー構成
これらが変われば、過去の手段が 今の状況に適しているとは限りません。
にもかかわらず、彼は 「自分のやり方を忠実に再現すること」 にこだわりすぎてしまいました。
そして、それが部下たちの パフォーマンスを押し下げる要因になってしまったのです。
「価値観の押し付け」が組織を崩壊させる
彼の部下たちは、決して「やる気がない」わけではありませんでした。
むしろ、彼らは 「お客様に最善の提案をする」という経営方針に沿って動こうとしていました。
しかし、部長は 「これが正しい!」 と断言し、違う考え方を受け入れようとしませんでした。
この状態を、私たちは 「価値観の押し付け」 と呼びます。
人は、自分の価値観を押し付けられると 反発したくなる ものです。
たとえば、子供の頃、親から 「勉強しなさい!」 と言われると、やる気がなくなった経験はないでしょうか?
「なぜ、それをやるのか?」という納得感がないまま命令されると、人は動かないのです。
この部長のチームも、まさに同じ状況でした。
彼の指示に納得できない部下たちは、次第にモチベーションを失い、
しまいには 退職者が続出する という最悪の事態を招きました。
部長が学び始めたマネジメント技術
この部長が、マネジメント技術を学ぶことになりました。
私の役目は、彼が否定する「他の手法」を伝え、習得してもらうことでした。
彼は怪訝な表情を浮かべながら、腕を組んで私の話を聞いています。
私は彼に問いかけました。
「お客様もいろんな価値観を持った方がいるはずですが、全部同じ説明をされますか?」
彼はすぐに答えます。
「もちろん、そんなことはしません。」
「そうですよね。お客様に応じて、常に対応を変えているから、あれだけの成果を上げられたはずです。」
私は続けます。
「部下もみんな違います。言葉の技術、承認の技術、聞く技術も合わせて使ってください。」
すると、彼は反論してきました。
「お客様は、お金を払ってくれます。だから、それをします。でも、部下は違います。彼らは、仕事のために、ここにいます。」
私はホワイトボードを指さしながら言いました。
「商談の目的は、契約をいただくことです。マネジメントの目的は、部下が成果を上げることです。」
彼は、考え込むように視線を落としました。
私は再びホワイトボードに向かい、目的と手段の内容を書き足していきます。
しばらく沈黙した後、彼はポツリとつぶやきました。
「……わかりました。まず、やってみます。」
3か月後——チームが変わり始めた
この会話の3か月後、部下たちの売上は 平均16.5%伸びました。
部長は少しバツの悪そうな顔をしながら報告してくれました。
「社長から『営業部の社員の笑顔が増えた』って言われました。」
その後、彼は確信を得たようで、「言葉の技術」「承認の技術」「聞く技術」 について、より具体的な質問をするようになりました。
リーダーが意識すべき「手段と目的」の本質
リーダーが本当に意識すべきことは、 「手段にこだわらず、目的にこだわること」 です。
目的:チームの成果を最大化すること
手段:状況に応じて柔軟に変える
「自分がやってきた方法」に固執するのではなく、
「今のチームにとって最適な方法は何か?」を考えることが、リーダーの役割です。
あなたは、「手段」にこだわりすぎてはいないでしょうか?
ぜひ、今一度、振り返ってみてください。