コラム「組織の成長加速法」-第70回 新規事業が行き詰まる最大の要因とは?
年商16億、正社員60名弱のサービス業、既存事業のビジネスモデルのブラッシュアップも終わり、営業利益も15%を超えるまでに改善した頃のこと、面談の開始後すぐに、「木村先生、実は先日来お話していた新規事業の一つを、T(取締役)に任せてみようと思います。」とS社長。
その言葉を聞いた時、進言させてもらいました。
「社長、それはまだ時期尚早です。」と。するとS社長の顔が一気に曇りました。その後、理由を説明していく内に、段々とS社長のうなずきが深く、大きくなっていきました。
既存事業は、営業プロセスの改善で、成約率が30%以上改善しました。その結果、1人当たりの売上げが、前年比で、若手を中心に200%の伸びを記録する社員もでてきました。
更に、形式、媒体、販路の見直しをしたマーケティング施策も功を奏し、新しい顧客層を掴むことも見通しが立ってきました。
マーケティングの施策によって、顧客層の拡大をある程度見込むことができてきた頃、かねてから、事業の柱を増やしたいと考えていたS社長は、盛んに新規事業の話をするようになりました。
S社長は、絶対の自信があるとのことでしたが、初期投資も億単位であり、回収期間も長め。
既存事業とは少々毛色の異なるビジネスでした。
私が社長にお伝えしたのは、2つありました。事業の存続を判断するための期限と基準を明確にすること。テストマーケティングの実施は社長自らが陣頭指揮を執ることです。
社長は新規ビジネスに対してとても楽観視していましたので、事業を展開する前に、撤退ラインを明確にしておくことと、事業の見極めは社長自身が行うことを大前提にするべきだと考えたからでした。
社長と一緒に最悪のシナリオの検証をした際に、ある程度の資金調達をした上でも、わずか1年半で本業の運転資金も枯渇しかねない状況である旨を確認していました。
そのため、社長は徹底ラインの重要性は十二分に理解していました。ところが、絶対にうまく行くという気持ちが、「T取締役に任せたい」ということになっていったのでした。
自分自身も新規事業の立ち上げをしてきました。その際、私自身が経験したのは、新規事業推進のいくつかの足かせです。当時は、自分の至らなさ、自分の努力の足り無さ、自分の経験値の低さを嘆いたものですが、後になって、そうした新規事業推進の壁は、多くの組織で起こっていることだと知ることになります。
そして、コンサルティングをするようになってからも、同じようなお話を聞いたり、同じような状況を目の当たりにする機会も多くなってきました。
もちろん、新規事業と言っても、売上1000億円の企業の10億円の新規事業と100億円の新規事業とでは、まったく論点が異なります。
企業のステージ、企業の規模によって一概に言えることではないことを申し添えておきます。
話を戻しまして、新規事業が失敗する理由の一番大きな理由は、新規事業の成長指標が不明確なことです。誰にとって不明確かといえば、社長にとって不明確なのです。
既存事業が上手くいけばいくほど、社長にとってもっとも確度が高い成長指標は、既存事業を
進めてきた基準になります。これは必然です。自然界は、真空状態を嫌うという言葉がありますが、新規事業の成長指標が不明確な場合は、この言葉がまさに当てはまります。
不明確であることは、真空状態により近く、新規事業の成長指標は、既存事業のそれに知らず知らず置き換わるのです。これは、サッカーと野球はスポーツの種別が違うのに、競技ルールを同じくしようとするような試みです。
既存事業の判断基準を新規事業に無理やり適用しようとすると、全ての新規事業は上手くいかなくなるのです。
新規事業を手がける多くの組織で、この問題が起こります。一方、社長が新規事業を手がけると、この問題は解消されるのかといえば、必ずしもそうではありません。
しかし、担当者に任せた場合は、事業担当者の判断基準と、既存事業の判断基準を維持した
ままの社長との間で大きなズレが生じます。
このズレを解消する手段は、社長が、より新規事業を深く理解することでしかなり得ません。
しかし、担当者から幾ら報告、説明を受けたところで、新しい判断基準を得るような理解は
得られません。
判断基準は、社長自身が競合調査、業界調査に関わり、事業計画作成の監修を行うことで初めて持ち得るものです。
「そんなコトしていたら、社長の時間が足りないじゃないか」そんな批判が聞こえてきそうですが、もしそう思うとすれば、それは勘違いというものです。
社長のもっとも重要な仕事は新しい事業の創造です。社長をおいて、他に社内に適任者などいないのです。
また、社長の時間が足りなくなるというのは、既存事業のビジネスモデルに改善の余地があるか、既存事業を任せることのできる幹部がいないことが原因です。
新規事業の立上げ時期には、社長の最優先事項は、この事業の立ち上げに使うべきなのです。
さて、御社では如何でしょうか?
新規事業を担当者に任せることで判断基準のズレが大きくなって
いないでしょうか?
それとも、新しい事業判断基準のもと、着々と新規事業が立ち上がって
いるでしょうか?