コラム「組織の成長加速法」-第169回 リーダーの成長こそが、組織の成長率を決定する
ある企業の新しい事業部の幹部メンバーに対してコンサルティングを行うことになりました。もともと主力の事業部の成長率が5年間3-4%と低迷していたところから、コンサルティングの結果15%-20%の成長を取り戻し、他事業者の注目を浴びていることに気をよくしたY社長が、全社導入を決定されたのです。
新しい事業部、といっても、比較的新しい事業ということで、すでに10年以上が経過した事業部となります。この事業部のS部長さんとお話をした時に、主要事業のM部長とのコンサルティングを始めた頃のことを思い出しました。
M部長には口癖がありました。改善への取り組みの話しになると「難しい」と言うのです。これが何度も出てきます。そして「難しいですねぇ。」と腕を組みながら、首をかくっと右に倒すのです。「難しい」が連続して口から出てきて、最後の“難しいポーズ”が出てくると、二の句が出てきません。
それから半年、M部長は見違えるような変容を遂げます。「難しい」という言葉は頭の中から消えてしまったかのようでした。
その代わり、「それ、面白い!」「それいいですね。いつからできるかな!?」「それいいですね。誰にやってもらおうかな?」とドンドン進むように変わりました。
「前のめり」という言葉が、M部長の姿勢を言い表すのにぴったりな言葉になったのです。
M部長のこの姿勢の変化と共に、その会社の屋台骨の事業部は長い低迷から脱して、二桁成長が続くように変わりました。会社の業績を牽引しています。
M部長はその後も、ご自身の変化成長に貪欲です。社長経由で聞いたのですが、社長にもご自身の仕事の姿勢や、発言についての改善点を確認するようになったとのことでした。
社長もそのことが大変嬉しかったご様子で、M部長のことを茶化しながらも、満面の笑みで語ってくださいました。
組織の成長が実現するのは、その組織を率いるトップ個人の成長が同時に進行する、これが定石ですが、まさにこの定石通りの事例です。
M部長の事例に続けと、進めることになったのが、新規事業部のS部長です。Y社長からは、「S部長は、慎重なところがある。」と伝えられていました。当初は緊張されていたこともあるでしょうが、初めてお会いした時は、眉毛一つ動かさず、淡々と受け答えする姿が思い出されます。
S部長も、M部長と同じく、転職組みでした。S部長の4-5年後、30代半ばでこの会社に加わりました。その後、最速の出世頭として、社内でも評判になった切れ者でした。新規事業部に配属されてから、まだ事業部として単年ベースの黒字がおぼつかない頃に、新規の顧客獲得を実現し、その後、事業部の最大の顧客となる大型案件をいくつも決めて、黒字基調を実現に寄与しました。
部長となってからは、現場から距離を退き30名弱の部下達への支援に回っていました。
ところが、この部下達のパフォーマンスが上がらず、ここ数年は、退職者がポロポロと続いている現状でした。
Y社長も、S部長の率いる部門の問題は、気になってはいたものの、M部長の率いる部門の好業績により全社の業績は大幅に伸びていた事、またY社長が会社第5の柱として取り組まれている新規案件の立ち上げに奔走されていて、S部長の部門については、しばし放置し状態になりました。
S部長のことを信頼していて、大きく崩れることはないという安心感があったようです。
退職者が続いたことで、Y社長から私に依頼が来ました。
Y社長から強く勧められたものの、S部長は快い返事はしなかったようです。
実際、S部長とは、2回目の面談でも言葉少なめ、目は伏しがち、S部長ご自身、自部門の課題について私が尋ねると、慎重に言葉を選びます。
上っ面の話しだけでなんとかその場を切り抜けようという姿勢からなかなか踏み出す様子はありませんでした。そこで、率直にその旨をお伝えすると、こんな言葉が返ってきました。
「私は、部下育成に関して、自分なりには、ある程度うまくやれていると思っています。」と。
そこで、現状の事業部の状況、半年後、1年後の事業部の目標の確認とそこに至る進め方、さらに、過去のS部長の成功体験の活用についてS部長の考えをお伺いしたのです。
全て聞き終えた上で、S部長に再度確認しました。「今、現状、目標達成に向けての取り組み内容、過去の経験の活用についてお話いただきました。自分で話してみて、感想はありますか?」
長い沈黙がありました。そして、S部長から、「実は、まるで出来る気がしません。」という答えでした。
役職があってもなくても、私達は資本主義という競争社会の中に生きています。自分の弱みを曝け出したら、寝首を掻かれると怯える気持ちはよくわかります。私も、組織で事業部を率いていた時、自分の部門の業績が低迷する中、他の事業部の業績が好転していく様子を見て、自分の評価が下がることに怯えていました。漆黒の大きな穴に落ちていく自分のイメージを何度も頭の中で描いたかしれません。
このように、人が現状の自分の評価に気にして、身動きが取れない状態を、「小さなプライドを守っている状態」と私達は名付けています。
これは、多くの人が、評価を失う恐怖にとりつかれた時に取りがちの行動パターンの一つでもあります。自分が傷つかないように、自分を守ろうとするのです。「小さなプライドを守っている状態」に在るとき、人はそのことに必死になります。
ところが、実は、もっと大切なものを失っているのです。それは、未来の自分のより大きなプライドです。守るべきは、成長した未来の自分のより大きなプライドです。今の小さなプライドを守ることで、将来手にするだろう未来のより大きなのプライドを失うことに気がつかないのです。
自分の殻を突破することが当たり前の創業社長には理解できない方も多いのですが、創業社長以外の多くの人が陥りがちな罠であることを、経営者は知っておくべきです。部門長がこの問題に飲み込まれてしまうと、その部門長が率いる部門は、必ず低迷していくからです。
創業社長には理解できなくても、多くの人が陥るため、対処法を知っておく必要があるのです。
対処法は、適切なツールを使えば、相手をこの問題から、スルリと解き放つことができます。しかし、それを知らない人は、言葉で説得するほかありません。説明して相手を動かそうとするのです。
実際にすでにこの問題を抱える部下と相対して、説明、説得を試みたことがある方は、どれほど骨が折れることか、わかると思います。
こうして、多くの人が、プライドを守ることに必死になり、自分の限界を知らず知らず創ってしまう、これは、40代、50代という管理職世代に多く見られることでもあります。
M部長も、この問題で苦しみました。ただ、これには対処法があるのです。その結果、事業部という組織の成果を僅か半年にして、それまでの状態から成長率を6-7倍にしたのです。
たかがプライド、されどプライドです。プライド自体は悪いものではありませんが、その取り扱いを間違えると、自分の成長を犠牲にして、組織を停滞させてしまいます。
私が知る限り、組織の中で問題を抱えていると言われる社員は、ほぼ全てこの問題を多かれ少なかれ抱えています。
ですから、組織を率いるリーダーならば、この対処法を知っておくべきなのです。ツールをてにして、その扱い方を習得してしまえば、わずか20分ほどで、小さなプライドに取り付かれている人を、小さなプライドの呪縛から解き放つことができるのです。