コラム「組織の成長加速法」-第118回 なぜ御社の経営幹部は社員から信頼を勝ち取れないのか?
ある会社の営業部門のトップY取締役は、業界のベテランです。業界の中でも、営業力で知られた会社に所属して、3年で8割辞めるという会社に10年以上も所属し、更に、マネジメント側でも活躍。ある地域の営業統括を5年つとめたところで退職し、ご自身で独立したのです。
残念ながら、起業して半年で、お父様の介護の問題が深刻化し、ご両親思いのYさんは軌道に乗りかけた会社を後輩に譲り、一度は介護に専念。お父様が施設に入った頃に、復帰。現在の会社に就職しました。
そんなYさんは、ザ、営業マンという貫禄を持っています。語り口も優しく、どっっしりとした安定感をお持ちの方。
ところが、このYさん。お客さん受けはすごく良いのですが、部下である直属の部下である部長達からの受けがすこぶる悪いのでした。
この業界は、他の業界の営業経験者が集まってくるという業界で、比較的常識をわきまえた方々が集います。そこそこ成果を上げて、役職がつく人は更に諸々わきまえて、自ら課題解決する人達が多い。
つまり、Yさんが役職を経験した企業では、マネジメントの必要性はあまり高くなかったのです。しかし役職を経験し、Yさんもマネジメントが出来た気でいましたし、周りも経歴をみて当然そのように判断していました。
Yさんが再就職したのが3年前。S社長は、新規事業の立ち上げに奔走していました。既存事業である第一営業部を誰か任せて、第2の柱の事業を立ち上げようと奔走していた時に、Yさんが応募してきたそうです。
業界経験十分、起業経験もあるYさんの経歴は、S社長には、まさに渡りに船。全てを任せらる人が丁度よいタイミングで来てくれたと大喜びでした。
ところが、ある月に昨年対比で10%も売上げが下がり、一度は回復したもものゆったりとした低下基調に入りました。なかなか戻りが悪いことで、S社長は、Yさんと4名の部長と個別に
面談をしました。その時、愕然としたそうです。
Yさんが上手くやってくれるだろという期待は完全に裏切られました。4名の部長からは、Yさんに対するクレームまがいの声が一斉に聞かれたのでした。
「事業部長なら、○○して当然」
「○○するのが事業部長ってもんだと思います。」
「事業部長に相談しても、返事が返ってこない」
部長達から言われた内容を聞けば聞くほど、「確かに、そりゃヒドイ」と思わず相づちを打ってしまうようなばかりだったといいます。
何を質問しても、「自分で考えて」としか返事をしない。毎週、数字を淡々と聞き取る、足りないときは、「あと○○円」とだけいう。頑張って達成しても、「はい」で終わり。部長達の心はすさみ、疲弊していきました。
部長達の不満を聞いて、S社長がYさんに、回復のための打ち手を聞いてみても、Sさんがまともな改善案がでてこなかったことで、社長は頭を抱えてしまいました。
それからというもの、S社長は、Yさんに対してえ事細かに指示をするようになりました。
しかし、Yさんに伝えたことが実行されることはありませんでした。
数ヶ月すると、4名の部長の一人が、突然他社に転職することが発覚。社長の我慢は限界に達しました。部長の退職理由は、Yさんと仕事をするのは、もう耐えられないというものでした。
そんな折、私は、Yさんと面談が始まりました。Yさんが部下から信頼を失っている理由は、とても単純なものでした。Yさんのマネジメント技術はゼロだったのです。
それまで社長から言われたことは、自分自身で解決すること、という受け取り方をしていました。周りを動かすという発想はなく、とにかく自分で頑張ってなんとかする、そういう動きをする人でした。
更に、Yさんは、感性の人でした。お客様と相対すると、お客様はYさんのファンになりスルスルと契約まで流れていきました。感性の人にありがちなように、Yさんも、元来、自分のやり方を言葉にすることはとても苦手でした。部下には指導らしい指導をしたこともないまま、再就職をしたのでした。
一方、強烈な営業会社にいたためか、与えられた数字には、プラスアルファで達成するのが当たり前という考えを持っていました。とにかく自分の数字は、何としても達成する。Yさんは、自分の目標数字の達成しか興味がなかったのです。
社長から、数字のことを詰められると、その穴埋めは自分でなんとかする、そう条件反射で考える自分がいることを、Yさんは認めていました。
S社長もそれに気づいたものの、Yさんに変わってもらいたいという気持ちもありました。
一方で、Yさんは56才、どうしたものかと悶々とされていたのです。
どれほど現状が悪くても、営業マンとして、お客様から信頼を勝ち取れる人の場合は、ほぼ100%の確率でマネジメント技術の習得は可能です。Yさんの場合もそうでした。
お客様を動かせるということは、他の人をも動かせるということ。営業の対話とは、もちろん違うこともありますが、対話の目的「人を動かすこと」は、同じです。
プログラムを初めて、4ヶ月目には、あれほど険悪だった2人の部長とは信頼関係を回復するまでになっていました。数字もミルミル回復してきました。部下を動かしている感覚。Yさんはこれを掴みかけていました。
Yさんの変化をみた社長は、5ヶ月後に突然Yさんを異動させます。新規事業の統括役員としてこれまでほとんど交流のなかった2名の部長をとりまとめるように指示をしたのです。新規事業は、Yさんは門外漢。2名の部長を動かさない限り、成果を上げることはできません。
この異動に関しては、S社長から事前にご相談を受けていました。Yさんにとって、成長の機会であり、会社にとっても、もう一段成長するには、とてもよい節になるはずでした。とはいえ、内心はドキドキ。まだYさんが技術を完全に掌握したか否かは未確認だったのです。
恐らくその心配は、社長もお持ちだったはずです。しかし、私のその心配は単なる杞憂に終わりました。
それから半年、新規事業は、昨年対比で15%の伸びを続けました。Yさんが異動前は、5%-8%の伸びを行ったり来たりの状況だったのです。更に今年は20%の伸びで推移しています。
たった半年間の間に、Yさんがこれだけ違う成果を上げることができたのは、Yさんの人格や特別な管理能力が大幅に向上したからではありません。Yさんは、たったひとつの技術。社員を動かす技術を手にしたのです。
「自分にはそれがない」という認識から始まったYさんは、ただ、言われた通り技術の習得を行いました。途中から、その技術と営業対話との共通点を見いだしてからは、加速的にその技術力を高めていきました。
プログラムが終了して2ヶ月目にお会いした時、社員を動かすのは、お客様が購買の決定させるために自分がいつもやっているやり方と全く同じだということを言っていました。
社員から信頼を勝ち取れないため経営幹部に関する相談は、創業経営者から承る相談のひとつです。創業経営者ご自身がその状況を作り出している場合もありますので、そこは経営者ご自身にも変えていただくべきことがいくつかあります。これは比較的すぐに改善することができます。
一方、経営幹部側の調整も必要になります。社員との接点を実際に持っているのは経営幹部です。そのため、状況の改善のためには、経営幹部の調整の比重のほうが高く、その調整の精度により組織のパフォーマンスの改善幅が決まります。
人は誰もが成長欲求を持っています。経営幹部は、部下の成長欲求を満たす技術を手に入れればよいのです。部下の成長欲求を満たすことができれば、信頼関係はすぐに回復することが出来ます。
これは技術ですので、極端な場合、Yさんのように、自分の専門外の部門をいきなり見ることになったとしても、その部下達の成長欲求を満たすことができます。
なぜ、そんなことができるのか?実際に経験するまで、にわかには信じられない、そういう
人もいるでしょう。しかし、私はこうした劇的な変化の場面に何度も出会っています。
何度も出会うというと、更にまた不思議におもうかもしれませんが、寧ろそれは既定路線です。なぜなら、それは技術だからです。
技術を持たない人は何をしているのか?というと、何もしていません。もしくは、適当にやって部下を欲求不満にさせています。
やっかいなのは、悪気なくそうしていることです。悪気がないので、自分で軌道修正することはほとんどなく、何もなければ、そのまま続いてしまうのです。
言葉を変えれば、永続的に社員の生産性を低下させるような力が自然発生的に組織のそこかしこで起こりつづけること。
さて御社は如何でしょうか?
御社の経営幹部は、社員から信頼を勝ち取り、巻き込める技術を手にしていますでしょうか?
それとも、悪気無く、部下の欲求不満を毎日増大させ続けているのでしょうか?そしてこの両者の違いは、3年後にどれだけの違いをもたらすでしょうか?