コラム「組織の成長加速法」-第90回 「ふと振り返ったら誰もついてきてなかった!」を経験した経営者へ
ここ数ヶ月で始まったご支援先の中には、上場を目指して飛躍的な成果を上げている企業が何社かあります。
そのうちの1社のN社長は、面談の中で、未来へのビジョンを熱っぽく語ってくれます。どれほど意義があり、そして、可能性が秘められた市場であるのか。困難であればあるほど、そこに凝縮された未来が隠されているというのです。
夢に向かって一直線。そんな言葉がぴったり来るほどに、エネルギーが高い。特にこうした会社の経営者のエネルギーの高さは半端ありません。牽引するのはもちろん社長。どんな課題もものともせず、ただ前だけをひたすら向いて進む。一緒に場を共有させていただくだけで、こちらもなんだか気分が高揚する錯覚をするほどです。
一方、創業期が終わり、拡大期になっても、社長が一人でぐんぐん引っ張る回していると組織にはほころびが生じやすくなります。
創業期は社長の時間はほぼ社内の時間に費やされます。様々な課題解決が社長に回ってくるのです。もちろん、社内の人材資源を見渡せば、さもありなんという状況。好き嫌いに限らず、制度を作り、仕組みを作り、そして、定着させる。そのために、社長は全部の力を社内につぎ込みます。
こうした努力が功を奏し、業績が安定してくると、「ビジネスモデルが出来ている」と外部から認められるようになります。こうなると、次は拡大期です。業績が拡大し始める頃、多くの経営者は新しい発想を求めて、外部との関わりを増やしていきます。元来社長はアイディアマン。そのアイディアマンが新しい刺激を受けるので、頭からはアイディアが溢れ出します。
社長にしてみれば、継続的な拡大発展に必要不可欠なアイディアばかりです。嬉々として役員会で提案するのですが、参加している役員からはまるで反応がありません。別なアイディアの場合も同じ。そのまた別のアイディアでも同じ反応。こうした状況に社長は不満を持ちます。
ですが、だからといって、新しいアイディアを捨てたりしません。なんとか役員達に必要性を理解してもらい、自分と同じ熱量を感じてもらおうと一生懸命説明を試みます。しかし、役員達の熱は一向にあがりません。
役員の理解が進まない分、アイディアの実行が遅れる。これは社長にとっては耐えがたいことです。そして、いつしかその役員の態度を変えるために時間とエネルギーを使うことは断念します。
その代わり、役員の同意が得られない場合でも、社長は新しいアイディアをドンドン導入するほうにエネルギーを投下し始めます。もちろん、役員、幹部も、社長が憎くて熱量を下げようとしているわけではありません。
このとき、社長と役員が全くゴールを見て仕事をしている状態です。まるで美術館で違う絵をみて感想を述べ合っているようなもの。お互いが理解しようにも、理解できないのです。一方、役員達は社長がよかれと思って事を進めようとしていることは重々承知の上でのこと
表だって反対をするわけではありません。
ところが、こうしたことが数年続くとまた話が変わってきます。相変わらず現場に追われ、社内ばかりを見ているのが社長以外の役員達。時々、とりつかれたように新しくアイディアを進めようとする社長。役員達は、この状況に嫌気がさしてきます。そして、いつしかボソボソと陰口を叩くようになっていきます。
企業の幹部が意図的ではないにせよ、トップスピードでの成長に背を向け始める瞬間です。企業の幹部が企業の患部となり、重石となって組織にのし掛かかり始めます。こうなると、どんなに社長ががむしゃらに走り抜けようとしても、小さな重石の鎖が足にまとわりつくが如く、
会社の成長スピードの足かせになっていきます。
これは、拡大期に入ると、程度の差はあるものの、どこの会社でもおおかた経験することです。ベンチャー企業で、創業期から寝食を共にした役員が一人、二人と抜けて行くのもこのためです。こうした現象を「適切な血の入れ替えである」という方もいらっしゃるでしょう。しかし私はそうは思いません。
これまで自ら経験したこと、そして、外部から見たケースを振り返ってみると、十分修復可能に思えるからです。お互いに相手のことが憎くてこうなるというよりも、わかり合えない状態が長く続くことで、憎しみが生まれてしまうというケースのほうが圧倒的に多いからです。
そしてまた、組織の成長ステージを考えると、拡大期の次のテーマはさしずめ多様性への対処
と決まっています。課題の先取りなのです。多様性への対処を実行してしまえば、この問題は解決できます。
しかし、初めて遭遇するこの課題に、経営者のほとんどはこの問題への対処法を知りません。
全勢力をかけて事業を推進する社長にしてみれば、自分の進路に居座る異質な物質には、これまでの課題解決の通り、体当たりで一点突破、粉砕戦法です。
このように、対処方を誤れば互いに感情的になって、こんがらがった状況は悪化の一途をたどります。この問題への対処方は、わかってしまえば、単純で、そして、とても効果的、数ヶ月で効果がでてきます。
これまた関西の企業ですが、三期連続過去最高益を記録したY社の事例をお話ししましょう。
更なる拡大をめざし、K社長は一計を案じました。それまでは、事業部長候補は、社内人材からの昇格だけを考えていたのですが、社内への刺激となることも期待して、外部からの採用者を役員待遇として迎えることにしたのです。
仕事で知り合った外部の部長級の人たちの中で、「この人こそは」という人達数名に対して社長自ら口説き落としていったのです。その中の一人に、将来起業したいというIさんがいました。独立する前に、是非に経営を勉強したいので、役員として事業に携わりたいと、大変乗り気だったそうです。Iさんを社内に迎入れると決めた時、K社長はとても興奮した様子だったと、後に、その頃のことを別の役員の方が振り返ってくれました。
こうして、鳴り物入りでIさんは、入社します。しかし、Iさんの入社は、拡大期に入り始めたY社に暗雲をもたらします。Iさんの働きぶりは、Y社の主要メンバーもよく知られていました。しかし、外部からは見えなかったことがあったのです。それは、Iさんのマネジメントスタイルでした。
Y社はスピードの速さで知られていましたが、他の役員からすれば、Iさんのスピードは「のろま」とう表現以外には見当たらないというものだったのです。人の良いIさんを毛嫌いする部下はいなかったのですが、如何せんやり方が違いすぎました。入社後しばらくしてIさんが担当したプロジェクトは史上最大規模の赤字プロジェクトとなり、全社業績にもマイナス要因となりました。最高益更新どころか、増収減益となったのです。
当初はその状況を「調整期間中」といってかばっていたK社長でしたが、直接Iさんと仕事をする中で、K社長も「もうダメだ」と思ったそうです。とはいえ、執念の人K社長は、すぐに放り出したりしませんでした。その代わり、Iさん改造計画を実行したのです。
これまた周りの役員からの回想ですが、K社長の執拗な叱責が毎日続き、気の毒で見てられなかったそうです。Iさんも後に、この時期の事は、人生の中でもっとも辛いことの一つで、思い出そうとしても、具体的なことが思い出せないと言っていました。「よく自分は辞めなかったと思う」と、ため息交じりに話されたことを今でもよく覚えています。
私がY社をご支援することになったのは、K社長のIさんに対する改造計画が失敗(K社長はそう感じていました)した時です。Iさんと最初に面談した時、Iさんの目は、うつろな感じで、将来のことを話し合っても、心ここにあらずという状態でした。
そこで、K社長にYさんとのコミュニケーションの仕方を変えてもらうことにしました。K社長は、自らは営業という自覚はなかったのですが、トップ営業で会社の売り上げを長く支えてきていました。独特のスタイルではありましたが、確かに決まった営業トークを使っていました。
営業トークというのは、設計された対話です。営業トークを使い、営業の成果を出している人の場合は、コミュニケーションの仕方を変えるの驚くほど簡単にできます。創業経営者は、ほとんどが、社内随一のトップセールスマンですから、経営者が本気でこのコミュニケーションの仕方を学ぶと、驚くほどの成果をもたらします。
K社長の場合もそうでした。対話の量と質を変えて3ヶ月たった頃、Iさんの顔色と表情は見る見る変わっていきました。そして、それから1年後、晴れてIさんは、グループ会社の代表となりました。
その事業はIさんのマネジメントスタイルが強みとなり、2年後には、グループの新しい柱となる事業となりました。今ではグループ本社の役員にもその名を連ねています。
このY社でやった方法は、私がいつもとる手法です。これは多くの企業で実践済みの対処方法です。
もし、御社で、
経営幹部が、以前ほどチャレンジしない。
経営幹部が、以前ほど積極的ではない。
経営幹部が、なんとなく後ろ向きである。
という状況が生まれていると社長が感じるなら、早めの対処が必要です。経営者と役員との対話の量と質を変えて下さい。
多くの課題と同じように、この課題は早く対処すればするほど、対処にかけるエネルギーも、時間も少なくてすみます。
会社の幹部が、組織の患部となってしまう事態は、組織にとってこの上もなく不幸で、業績悪化だけで終わらずに人材の大量流出につながる大惨事となることも少なくありません。すぐに対処が必要です。