コラム「組織の成長加速法」-第63回 「そんなはずはない」が作りだす○○誤認
「いや、そんなはずはないですよ。だって、それはやるなってもうずっと指示してますから」業績の躍進と共に、組織の規模が拡大し続けている九州地盤の企業グループを率いるのK社長が、右手を大きく左右に振りながら、私の言葉を遮りました。
「あれ、そうですか?これは、M取締役、B部長、T部長、O部長が同じようにおしゃっていたものですから。てっっきりそういうことかなと」
「いや、そんなはずはありませんって!」と更に語気を強めて否定されました。
「わかりました。社長、是非、事実確認を御願いいたします。御社の戦略上ここがズレると大きな時間のロスが発生することになりますから。」と私。
このような会話は、コンサルティグを始めていくと頻繁に遭遇することになります。社長の見ている景色と、私が見る景色の違いが浮き彫りになるのです。
これは組織の成長過程では、必ず起こることで、社長の能力とは何の関係もありません。大切なことは、社長の認識と違う事実が出てきた時の対処です。
日本の健診制度は、世界にも類を見ない制度であるということを以前聞いたことがあります。
これには、賛否両論の意見があるようですが、様々な意見で印象深いものの一つは、「あんなものやっても仕方が無い。調べれば必ず悪い情報もでてくるわけで、大して正確でもないのに、その結果が悪いとクヨクヨすることのほうがよっぽど体に悪い。」というもの。
お医者さんにしてみたら、「健診データが全てではない」は常識のようですが、悪いデータを目にした本人は、勝手に最悪のケースを想定して、健診データの紙を握りしめ、ワナワナと震える、、こうしたことはよくあることだそうです。
確かに自覚症状がまるでないのに、「あなた不健康ですよ」といきなり言われるのは、あまり気分がいいものではありません。
しかし、同じ健診結果も、人よっては受け取り方が違うというのも、最近学びました。
先日もお会いしたのですが、その御仁は、泊まりがけの癌検診やら、頭のCTなど、通常の健診以上に多項目、詳細のデータ入手するそうです。「何のためにそこまでするのですか?」と聞いたところ、「異常が見つかれば、早期に治療すれば治る病気も多いから」とのこと。
「健診データ」の善し悪しではなく、健診データに対する取組の姿勢の違いが、自分の健康状態を大きく左右するというわけです。
さて、話を戻しまして、冒頭のK社長は、事実認識の相違に驚きを隠さなかったものの、その後の対応はさすがでございました。
しばらくの後に、K社長からわざわざ直筆のお手紙を頂戴しました。その手紙には、”重要の戦略を実行する基盤が崩れていたことに早期に気づくことが出来てよかった”と感謝の旨がしたためられておりました。
続けて、販売の仕組み、物流の仕組み、で機能不全に陥っている部分を初期に修正できたため、将来発生するであろう億単位の機会損失を大幅に抑制することも出来たとのこと。
いやはや、事実の把握を見まがうと大変なことになりますね。認識の違いに固執せず、事実に対する対応に着目すると成果につなが好事例です。
とは申せ、やはり事実認識のズレは、あまり気持ちの良いものではありません。私自身、サラリーマン時代、外部のコンサルタントの窓口になった折は、本当に嫌な思いをしたものです。
「自分の方が知っている」と思う事柄についてあれこれ言われるのは、腹立たしい限りでした。当時の私のような中間管理職は、誰しも私と同じような反応をすることでしょう。
ところが、経営者が「認識のズレ」に腹を立ててしまうと、組織の成長スピードを抑制する最大のボトルネックとなってしまいます。
組織が大きくなるということは、それまでは社長に見えていた部分が見えなくなる、そして、その見えない部分が増えていくことと同意です。否が応でも、社長の現状認識が、事実と乖離する可能性は組織の拡大と共に高くなります。
一方、変化のスピードはうなぎ登りです。当然、決断する速さと精緻さの要求は以前にもまして高くなってきています。そんな中で、もし事実誤認があれば、判断を誤る可能性が高くなるわけです。
変化は見える。ただ、事実のズレは見えにくい。見えたところで認めにくい。経営者はこれを忘れては経営の舵取りを誤ります。
さて、御社は如何でしょうか?
そもそも事実を見ていますか?見えない事実を自分で見ていると勘違いしていませんか?
社長の事実認識が全ての基盤となります。