コラム「組織の成長加速法」-第91話 御社の組織の問題は○○の延長にあるなら解決できっこない
久しぶりに、弊社に相談に見えたY社長がひとしきり近況と今直面している課題を話し終わると「人を動かすって難しいからねぇ」とぼそっと自分に言い聞かせるように言って、先ほど鞄から取り出された青を基調とした真新しいパンフレット束に視線を落としました。
Y社長の会社は、外から見れば、ピカピカ。周囲は「いつ上場するのか?」と口をそろえて噂しています。業績は当然、業界平均を大きく上回っています。ところが、Y社長にしてみれば、上場後の拡大を盤石なものにすべくもっと種をまきたいのです。種をまいている事業、種をまいておきたい事業が思うように進まず、悶々とされていました。
「会社の成長スピードに、社員の成長が追いついていない。」この課題は、この数年社長の頭から離れることはありませんでした。社長の目からして、社員は遊んでいるわけではなく、一生懸命やっている。
それでもなお、Y社長のこの数年来の課題は、解決の方向に向かうどころか、悪化しているようにしか感じられないのです。社長が思い描く期待する社員の成長スピードと実際の社員の成長スピードとのギャップは広がる一方。
もちろん、Y社長なりに、あちこちで勉強し、あの手、この手を尽くしました。様々な制度仕組みも、導入してみたのです。しかし、ギャップは埋まらないどころか、広がっているようにしか感じられない。否、寧ろ組織が大きくなっている分、将来組織が抱えるリスクは増大しているともいえる。この不安は大きくなる一方でした。
もちろん、上場を前提に動いている今、社長がこの不安を社内のだれに相談するものでもありません。しかし、不意に、隠している弱音がぽろっとでる。それが「人を動かすって難しいからねぇ。」という言葉。
そして、「ここでしかこんなこと話せない」とおっしゃる社長の話は更に続きます。言葉に出さないまでも、幹部や、部長から、問題を起こしたり、問題を抱えた社員の話を聞くと、ついつい心の中で、あきらめの言葉をつぶやいてしまうのだと。声にならない声で「人を動かすって難しいからねぇ。」独りごちるのだと。
Y社長は、以前こんなこともおっしゃいました。「考えてみれば、自分の至らないばかりにこんな事になっているんだ。」と。そして、数年来の課題解決に向けて自らを奮い立たせようと懸命に取り組んでらっしゃいます。しかし、これはY社長の下にだけ起こっていることではありません。多くのオーナー社長が共通して抱えている課題といっても過言ではないのです。
改めてこの社員の成長スピードのギャップ拡大という問題の本質は何かを考えてみると、ひとつの真実が見えてきます。それは、”今起こっている組織の問題はすべからく、過去の延長線上にある”ということです。
過去の延長線上にある以上、現在と過去の分断が実現できなければ、この問題は、無くなることはありません。それができなければ、Y社長が危惧したように、組織の規模拡大と共に、爆弾が破裂した時の負の影響は限りなく大きくなります。
なんだか少々小難しい調子なってきましたが、朗報があります。多くの企業はこの解決方法を既に知っているということです。多くの組織では、組織上の問題解決方法としてそのやり方を使ってはいませんが、企業の別の問題の解決の際に、その解決方法を使っています。
物作りでも、新規サービスの開発でも、実現したい未来の製品や、サービスが決まって、それを実現するためにどうやってそのギャップを埋めるか、、、ということをやっていきます。
過去の延長線上の物づくり、サービス開発の結果は、累々たる失敗事例がありますから、その轍は踏まないように、開発手法を過去の延長上にならないように、開発手順を決めていきます。
顧客の未だ解決されていないウオンツは何か?これは未来からの視点です。古くはウォークマンがこの開発手法で成果をだしていますし、最近では、ラ○ザップのダイエットがこれです。短期間で美しい体が手にはいるというウォンツに平均的なサラリーマンの一ヶ月分の給料以上の金額をつぎ込むのです。
このように、未来の状態から逆算して物を作る、サービスを練り込むというやり方は、すでに多くの企業が開発手法として当たり前に取り組んでいるのです。また商品、サービスの企画に限らず、営業の課題、マーケティングの課題、はたまた、法務や財務の課題解決でも、この手法がとられます。
ところが、こと組織の問題に関しては、未来からの逆算ということがほとんど行われません。少なくとも私が出会った200名弱のオーナー経営者の場合は、そうだったのです。
例えば、Y社長のお話にも必ず登場する古参の役員Mさん。創業期の売り上げをY社長とMさんと今は袂を分かったもう1人の3人で9割稼ぎだしていたそうです。この会社の基礎を作り上げた立役者であるMさんは、自分が率いる第2事業部では、トップセールスマンです。
傍目からすれば、環境の変わる中でも、トップセールスマンで居続けることは、すごいことです。挑戦し続けていることの証でもあり、様々な変化にしなやかに対応してきた事の証でもありましょう。
しかしながら、Y社長からすれば、Mさんには、もっと別の形の貢献を期待しているのです。
新しいサービス事業の立ち上げを任せて、新しい事業の柱を作ってもらいたい。こうしたことを組織を使いながら、最速で行えるだろう人は社内にそうそういるわけではありません。
ところが、Mさんは、創業時代から扱っている旧来製品の販売に特化しその販路の拡大、販売手法の改善に専念してきました。
Y社長曰く、Mさんには、10年間口を酸っぱくして言い続けたことがあるそうです。Mさんに言い続けたのは、「(今の)自分の仕事を部下に譲り、役職にあった全社的な視点の元に仕事をしてほしい」とうこと。
結局、社長の要望はMさんはいつも笑って受け流すだけでした。新しい商品による新しい市場の開拓は行われず、社長の頭の中にあるあの問題は解決しないまま、ふくれあがっていったのでした。
確かに新しい事に挑戦していた創業時代のMさんでしたが、今、そういう姿はありません。数年前に、営業部門1人1人のプロセス管理ができる新しい営業システムの導入に一番頑強に反対したのはMさんでした。導入されてからも、システムを使うことに消極的。挙げ句の果てに、Mさんの後継者になるはずだった若手の営業マンには半分社内業務として、Mさんの営業情報入力をさせている始末。
確かにMさんは、トップセールスマンなのですが、なんのことはない、部下が育っていないだけだったのです。Mさんの部署は数年前から成長率が一桁となり、全社の売り上げに占める割合も、いつのまにか10パーセント台前半になっていました。
もちろん、過去からの延長で仕事をし続けるMさんも悪いのです。200名を超える中堅企業となった組織の役員という立場に変わろうが、拡大する組織の中での位置が自分の変化を知りつつもそれ目をつぶってきたこと等々。そしてまた、Y社長も自分も過去からの延長線上でMさんに接していたことに気がついていませんでした。
10年間口を酸っぱくしてあるべき論は伝えてきました。一見すると立派な行為のようですが、未来からの逆算という視点が入っていなかったのです。
新規のサービス展開をする際に、3回やって全く効果が出なかった広告を10年間その後も使い続けるような愚はどんな会社もやらないでしょう。おそらく実際にそれをやるならば、10年目を迎えるべくもなく、倒産するか、事業売却に追い込まれていくはずです。
もし3回やって効果がでないなら、売り上げ目標に達成するために、広告のコピー内容を変え、広告の媒体を変え、頻度を変え、時期を変え、対象者を変えて、という具合に目標達成に関係する要素をあぶり出し、それぞれの要素の最適化を図るはずです。
それは、実現した未来からの逆算をすると、必然的にそのようなことが起こるのです。ところが、こと組織の問題となると、未来からの逆算ではなく、効果の出ない広告を10年間、、、なんてことが続いてしまいます。
まるで積み上がらない積み木を続けているかのようです。工夫も、改良もせずに、崩れても、崩れても、同じ木片をただ、繰り返し積み重ねようとする。結果はいつも同じ、不安定な土台に不安定な形の積み木を重ねるので、2段目が積み上がらない。摩擦で止まることもなく、ガタ、ガタ、ガタと崩れる。これを繰り返すのです。もちろん、違う成果が生まれるはずがありません。
Y社長にこのお話をした時には、顔を真っ赤にして怒りだしました。もちろん、社長にしてみたら、会社の将来を思い、Mさんの将来を思い、あの手、この手と手を変え品を変えやっていたのですから。
ところが、それからしばらくして、ある日Mさんに、「自分の仕事を譲り、役職にあった仕事をするように」とまた同じことを注意した時、はたと気がついたというのです。確かに10年間同じことを繰り返してしまっていたと。
後日、このことをわざわざ手書きの手紙でお知らせいただきました。
現在抱えている組織の問題に対して、適切な対応ができずに、結果的に問題が放置されている状態は、Y社長にだけ起こっているのではありません。むしろ、どこの会社もこの問題を抱えています。私は、特に創業社長の会社の構造的な問題であると考えています。
なぜなら、誰も、マネジメントしたくて創業した社長なんか1人もいないからです。誰かの困り事を解決する製品やサービスを提供したくてそれらを開発し、販売を始めるために、会社を興したわけで、マネジメントしたくて創業した社長なんか誰1人いません。
また、創業したら、生き延びるために、製品サービスの改善改良、販路の拡大が第一なのであって、そのための知識の習得経験の積み重ねが第一です。そこに全エネルギーを投入します。Y社長も、これまでお会いした数百名の創業経営者の方々も皆そうでした。
ところが、ある日、ある事実に直面します。それは、”すべては人の問題じゃないか”という事実です。しかし、この事実に気がついても、人に関する組織の課題は、自分のすぐ近くにありながらも、まるで秘境のようにどこに入り口があり、出口があるのかわからないのです。
さて、御社の場合はどうでしょうか?
組織の問題に未来からの逆算で対応されているでしょうか?
それとも、成果の出ない同じやり方をただ繰り返しているのでしょうか?